すっかりご無沙汰になっていました。いろいろいろあって、私の仕事でもいろいろあって、なかなか文字にできませんでした。
気がつくと、一ヶ月くらい経過していました。
そして今日、治療計画の予定通り、最後の放射線治療をしたKが退院しました。
三日間、放射線を浴び続けての退院です。
精神的にも、身体的にも、相当キツイらしく今週はゆっくりしたほうがいいでしょう。
しかし、嫌な予感・・・仕事がありそう。
Kは自分の命だけを面倒みていくだけでは駄目な仕事をしています。
あれから、私も少しずつココロに変化が出てきました。
まだ100%の決心はついていないし、Kとの結婚も正直悩んでいます。
私が凹んでいるときは、もうKの病気のことを考えるだけでも辛いし
なんでこんな目にあわないといけないのか、誰に怒りをぶつけていいのか、わからなくなる。
Kは真面目に、努力家で、地道に生きてきたし、何でこうなったのか?
私は私で、人の倍研鑽してきたと、自負していたのに。
神様は、私たちの「おごり」を見抜いていたのかな。
逆に、私自身が元気なときは、
私は手に職を持っているので、どんどんステップアップして、Kを養っていこうとか
老後独りになっても、たしかに生活していけるし、とか。
それから、公的医療保険や治療のシステムについて、患者の負担軽減を訴える、なにか
社会的なアクションをしようとか、考えています。
たとえば、まずは「ドナー登録」を呼びかけるボランティア活動から、はじめようとか。
変な話、Kが病気になって、私たちの結婚へ向けた話が微妙になってきたと同時に
私の仕事が順調になってきたのです。
もう退職して主婦になろうと思っていたのだけど、ボスがいうには、将来の椅子は確定された様子。
究極なところは、私が外で稼ぎ、Kが慢性化した病気をかかえながらも適度に働き、そして
家の中の主婦的なこともして生活する・・・・これが理想なのかしら。
でも、私はのんびり甘やかされて育ってきたので、社会の荒波に今後もチャレンジしつづけることができるのか、
すごーーーーく不安。
と、いうことで、やはり疾病というのは、人の生活や人生を狂わせます。
ちょうど「生活保護制度」の保護開始理由のトップが「世帯主の傷病」とあるように
病気はわれわれの生活を、包括的に脅かしますね。
久々なので、長文になってしまいました。
そして、素の自分に近い文章になってしまいました。
これからも、ここだけでは、なるべく本音で書かせてもらおうと思います。